中南米カップ 第2話
試合終了後、再会を果たした日向とタケシ・松本はACレッジャーナのカフェスペースで話し込んでいた。
「それにしてもさすがですね、日向さん。復帰戦、途中出場からの2点なんて。」
とタケシ。
「だけど少し意外でした。日向さんが2回もシュートのフェイクを入れるなんて。」
「ああ、入院中に俺なりに動画を見たりしていろいろ研究したからな。戦術やテクニックでお前や岬を超える日も、そう遠くはないぜ。」
珍しく軽口を叩く日向に、軽い違和感を覚えるタケシ。
と、ここで香がその場にそぐわない冷たい表情と口調で尋ねた。
「日向くん、あなたどうして今日雷獣シュートを打たなかったの?」
香の口調に軽い反発を覚えた日向は、
「は?病み上がりだから無理をすることはないと思っただけさ。」
と思わず少し粗暴に答える。
「本当にそうかしら?先の事なんて考えず今この瞬間にフォーカスし、その一瞬にとっての最適な判断と行動を取る。それこそが真のストライカー、そして日向小次郎のはずよ。今日の2得点、結果的には相手が不意を突かれたから得点にはなったけど、あの局面で最も確実に得点を挙げられるのは雷獣シュートだったはず。今日のあなたはその最適解の選択ができていなかった。」
怜悧に言い放つ香を、強い眼差しで見返す日向。
はたから見るとガンを飛ばしているようにしか見えずハラハラするタケシ。
だが日向はふと表情を緩めると
「ふっ、どうやら香さんの目はごまかせないみたいだな。」
と呟いた。
プライドが高く人に弱みをあまり見せない日向だが、その一方で彼は相手や状況を瞬時に見極める野生の勘のようなものも持ち合わせている。
隠しきれないし隠すメリットもないと悟った日向はこう打ち明けるのだった。
「実はあの怪我以来なぜか雷獣シュートが打てなくなっちまったんだ。」
「そ、そんな…??」
「踏み込むと足が疼いたりするのですか?」
とタケシ。
「いや、怪我は完治しているし痛みとかは感じねー。まったく何かの呪縛としか思えないぜ。」
例の悪夢が日向の頭をよぎる。
と、唐突に「イップス…。」と呟く香。
「!?」
「イップス、精神的な要因により身体が硬直し自分の意図する動作ができなくなってしまう運動障害の事よ。」
さらに続ける香。
「日向くん、あなたは雷獣シュートのモーションに入った瞬間にスライディングタックルを受けて負傷した。
おそらく雷獣シュートを打とうとすると、この時の記憶が呼び覚まされて無意識の内に筋肉にストップをかけてしてしまっているのね。」
「そ、そんな。まさか日向さんが…。」とタケシ。
「つまりこの俺がビビっているって事か。」と日向。
「少なくとも心の奥底ではね。だけどイップスはどんなに心の強い選手にも起こりうる障害。気に病む事ではないわ。それよりも大切なのはこの症状とどう上手く付き合っていくか、あるいはどう克服していくか、よ。」
「こんなモンと上手く付き合うつもりはねー。
どうすれば克服できるのか教えてくれ!」
と勢い込む日向。
「イップスは選手個々の心に大きく関わる障害。
今の段階では一般的な克服方法は確立されていないの。」
「そ、そんな…」とタケシ。
「だけど日向くん、あなたの場合、
恐怖の源泉と真正面から向き合う事、それが克服のための最短にして唯一のルート。私にはそんな気がするわ。」
一瞬考え込む日向、そしてこう呟くのだった。
「ハメス… 」
「??」
褐色の肌を背景に浮かぶサソリのタトゥー、死神の鎌のような鋭い軌跡を描く鋭利な左足スパイク。そんなイメージが日向の脳裏に去来する。
「ハメス・フォルテーザ。どうやら奴をぶっ倒すしか選択肢はないみてーだな。」
獲物を見つけた野獣のように眼光を鋭く光らせる日向。
そして
「日向さんのこの目、久しぶりに見るな。」
と思うタケシだった。