中南米カップ 第1話
■ 太陽の国の日向 ■
目の前に迫まる蠍(サソリ)のタトゥーの彫り込まれた褐色の左腕。
死神の鎌のように鋭い軌跡を描いて左足に襲いかかるスパイク。
野生の獣を思わせる激しい咆哮と共に突然ブラックアウトして消失する視界と世界。
……
……
チュンチュンチュン(小鳥の鳴き声)
「ちっ、またこの夢か…。」
カーテンの隙間から、激しく照りつけるイタリアの朝の陽光。
「くそぅ、あの野郎…。」
イタリア中部レッジョ・エミリア、ACレッジャーナに所属する日向小次郎の朝は、こうした悪夢から始まるのが、ここ数日の日課となっていた。
「翼やシュナイダーに敗けた時でも、こんな悪夢は見なかったのに…。」
悪態を吐きながらギシギシと軋むベッドから起き上がる日向。
高校卒業後、イタリアへと渡り、この地のプロリーグで研鑽を積む彼の容貌は、イタリアの強い太陽の光にされされたせいもあってか、その精悍さをさらに増していた。
しかし、その表情と瞳には一筋の憂いの揺らめきのようなものも見てとれた。
今日は対FCモデナ戦、相手チームから受けたタックルによる全治3週間の怪我からの復帰後、初めての公式戦だ。
そして怪我の経過を心配した沢田タケシと東邦学園スカウトマネージャーであり、高校卒業後も彼のバックアップをしてくれている松本香がわざわざ日本から会いに来てくれる日でもある。
にもかかわらずこの悪夢のせいか、日向の心はどこか晴れずにいた。
「まぁ、いい」
軽く足の怪我の具合を確かめてから両手を大きく広げてカーテンを勢いよく開け放つと、窓から真っ直ぐに差し込むイタリアの強すぎる朝の光に向かって言い放った。
「クソみたいな悪夢もFCモデナも俺の右足で吹っ飛ばしてやるぜ!」
そして数時間後、ACレッジャーナのホームグランド、マペイ・スタジアム。
同じエミリア・ロマーニャ州のチーム同士、ACレッジャーナとFCモデナのダービーマッチは格別な盛り上がりを見せていた。
タケシと松本もすでに到着し観客席で試合を観戦している。
試合は0-1、FCモデナのリードで迎えた後半15分、レッジャーナの監督はこの局面で、攻撃の切り札として日向の投入を決意する。
「ヒューガ!病み上がりだ、無理はするなよ!」
そう言って日向を送り出す監督だったがその口調と眼差し、背中を押す手の勢いは、それとは裏腹のアツいものだった。
そして試合はさらに激しさを増す後半27分、日向は持ち前の得点感覚で良い位置でボールを受ける。
そして、そのまま素早くシュート!
…と振り下ろした足を突如止めてしまう。
「日向さんっ、まさか足の怪我が…??」
一瞬途惑いの表情をみせるタケシ。
がとっさに足の方向を変え味方へパスを出す日向。
そして味方からのワンツーパスを受け、決定的な状況からタイガーショットで豪快に1点をもぎ取るのだった。
同点に追いつき勢いを増す日向とレッジャーナイレブン。
後半終了間際のアディショナルタイム、日向は一瞬のスキをつく鋭いスライディングタックルで相手ディフェンダーからボールを奪う。
ペナルティエリアの外側だが十分にゴールを狙える位置だ。
が、ここでも日向はシュートモーションから突然ストップ。
意表を突かれて対応が一瞬遅れる相手DFを横目に、ペナルティエリア内へ切り込み今度はワイルドタイガーショットを鮮やかに決めるのだった。
そして、ここで試合終了のホイッスル。
日向の復帰戦はこうして最高とも言える形で幕を下ろしたのだった。